第三話 「生きる事・働く事」 2003.04.01 浪速の龍

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  人間誰しも生きる事への疑問が生じ、悩む時期が有ると思います。また、男女差に
よっても時期が異なるようです。私は35歳の時に悩みが発生しました。長年住み慣れ
た相模原の地から大都会大阪に転勤になり、従来までの環境が一変した事が原因だった
と思います。当然大きなストレスもありました。
この時期、この世に生きてこなければ良かったと思う事が数度ありました。今思うと
現実から逃避したかったと思います。この時考えた事は“何故人間は生きている”のだ
ろうか、“働く事とはどうゆう事”なのかを真剣に考えたつもりです。今回はその事に
ついて書いてみたいと思います。

▼生きる事
 生きる事は、この世に生を受けた時から始まるものだと思いますが、生を受ける事
は、受動的(自分の意志か)他動的(他人の意志か)かの考え方でこれから先の話は
変わってくると思います。以下に書く内容は、私個人の考え方であって人様に押しつ
ける気は有りません。一見宗教の様な話になってしまうかも知れません。
私自信の宗教談だと思って下さい。この話が多少でも参考になり、楽に生きられれば
良いではないかなと思うわけです。

 そもそも人間が誕生する背景には、性の営みがあって発生するものですが、所作が
どうであれ、精子と卵子が合体して「人間誕生」になるわけです。
その時の最低条件は、卵子
1に対し精子が3億匹以上必要であり、それ以下では人間
誕生には至らないわけです。
最近は人工授精もあり当てはまらない面もあるかも知れません。動物には生れながら
にして「本能」という生きる為に備わったものがあります。

 人間も例外ではなく本能があります。大半の人は1歳〜3歳時代の記憶が無いと思
います。自分が精子時代だった時、3億匹の中から勝ち抜きたいと願ったのは
「当人の本能」であったという事実です。

 極端な話、3億強と言う数字は中途半端な数では有りません。日本人と米国人を足し
た数字になり、当選確率は宝くじの比では無いと思います。
その人口を一カ所に集めて、上空から小石を一個落とし、当たる確率になります。
この時すでに人間の本能が働き、世の中に出たいと願い、3億匹の競争に勝った一匹が
人間(本人)になるわけです。
こう考えていくと、自分の人生は自分自身の責任で切り開いて行かなければならない訳
です。
次に、現世に誕生した以上今度は、その生き方を模索していく努力が必要になってくる
わけです。人間程成長過程が長い動物はいません。人間の武器は“知恵”です。
この知恵を取得するため、多くの時間を要するわけですが、日本人で有れば、最低限の
“知恵”を取得するために18年間の教育が必要になります。また、多くの基礎知識を
学ぶためプラス2〜8年を費やす人もいるわけです。この様な過程を経て社会人となり
“世の中のために働く”様になるわけです。

 働く事にも意味があります。この事についても触れておきたいと思います。

▼働く事の意味
 先ほど人間の武器は“知恵”だと申しましたが、その知恵に磨きを掛ける事が、
働く事だと思います。生きていく上での“修行の場”だと言っても過言では有りま
せん。仕事は何のためにするの。こんな意見も多々あると思います。仕事を通じて
自己形成が図れるのであって、遊びからの自己形成はないと思います。
働き、子供を育て、会社での人間関係を構築し、社会に対しては国民の義務である
税金を納め、地域社会に住み、色々な経験を通じて自己成長していく事だと思います。
この中から“感動”とか“人に対する感謝・思いやり”とか“感激”を覚え、
人の痛み、苦しみ、悲しみが実感出来る人間に成長していくと思います。

 仕事が楽しいと言える人は、ほんの一握りの人しかいないでしょう。
修業時代を楽しく生らきれるかどうかは、その人の考え方一つで決まると思います。
お互い頑張って行きましょう。

                                                 以上


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