第十四話 「裸で付き合う 2004.02.03 浪速の龍

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 人との付き合い方は、各人様々です。下手な人もいれば、上手な人もいます。どうせ付き合うなら気
を遣わない仲間と付き合いたいと思っています。最近、何を考えているのか分らない人間が多くなって
来ておりつくづく物騒な世の中だな〜と思います。ここ5年、10年、20年で特に変わってきた様に
思います。

 腹を割って話そうよ!と言う事を良く聞きますが、腹を割って話すという事は、自分が先に腹を割っ
て相手に飛び込まなければ、相手は、なかなか腹を割らないと思います。例えて言うならば"一緒に町
のお風呂屋さんへ行ったとします。自分が服を着たまま相手が裸になるのをジロジロ見ていては、裸に
なりにくいものです。その時は、自分からさっさと裸になり、さー入るぞと言うと相手も裸になり易
い、人間関係もこの様な気持ちで接すれば、本音の付き合いが出来るのではないでしょうか。
 とかく大人の世界は、駆け引きが多く「本音」と「建て前」が見えてこない場合が多々あります。特
に利害関係がある場合にはこの傾向が強いと思います。しかし、所詮人間同士の付き合いですし、似た
様な生い立ちがあるかも知れません。場合によっては意気投合する仲になるかも知れません。人との付
き合いは大切にして行くべきだと思います。付き合い方一つで人生バラ色になります。

 いつの時代でも意思の疎通は難しいものです。時代が進につれその傾向は強くなっているようです。
20世紀は過去19世紀分の科学文明の進歩があったと言われています。21世紀になるとその科学技
術は益々加速されるでしょう。管理する者とされる者、持つ者と持たざる者の二極化が進む事になりま
す。しかし、管理"される側"も"する側"も同じ人間です。ここに問題が有ると思います。21世紀
になり、全ての電化製品・機器関連がデジタル化になります。この様な機器はデジタルの方が便利です
し利用価値もあります。デジタルは"有る"か"無い"かの世界です。その中間はありません。人間の
心の動きはデジタルでは有りません。しかし、人間に一番欲されるものは"愛"だと思います。この愛
は表現出来ません。今後の予測として使用者も使用される側もノイローゼの者が多く出てきます。人間
不信、機械恐怖症等の様々な現象が表面化してきます。生きる道を模索し宗教に加入する輩が多く出て
くる気もします。

 最近いろいろな所へ行きますとコミュニケーション不足を指摘する声が多く聞かれます。人との会話
もできない人種も多々おります。どの様に接したらよいのか解らない様です。TVの進歩、ゲーム機の
普及、音楽ソフトの配信等個人で遊ぶ道具が市場には氾濫しております。今後の日本はどの様な世相を
反映していくのでしょうか。予測しにくい時代になってきました。
世の中を変えるのは政治ですが、多くの若者は支持する政党すら正確に認識出来ていません。語る機
会が無いわけですから理解出来ないのは当たり前の事です。若者に限らず、多くの国民が理解出来てい
ないと思います。世の中の時事について寝ないで語り合った時期がありましたが、最近は有るのでしょ
うか?自分の意見と合わなければ無視するだけなのでしょうか?

 私は多弁ですが、ある時期までその多弁が嫌でした。男は無口で黙って行動する方が良いものだと思
いこんでいたからです。しかし、最近は全くその逆で"多弁は美徳なり"と思う様になったわけです。
 本音で語り合える事は、誤解も生じないし信頼関係にも良い最高の付き合い方だと思います。誰しも
得体の知れない人間に最初から腹を割って話す事は無いと思いますが、短時間でお互いが理解出来れば
最高だと思います。会話にも進歩・発展があります。コミュニケーションは、まず挨拶から始まりま
す。気持ちの良い挨拶は次への発展プログラムになります。自分の持っている知識も知性も話して初め
て価値が出ます。生きた情報も心の糧になる事も会話の中には存在しています。学校の先生も生徒と本
音で語り合っているとは思いません。先生も生徒もお互いを理解していない様な気がします。お互い本
音で語り合えば色々な道がそこから生まれます。人との付き合いは、真剣に取り組むべき最重要課題で
す。向上心を持って前向きに明るく前進しましょう。そこには年齢を感じさせない永遠の若さ、青春が
存在するのではないかと・・・。ある人を見てそう思います。常に活力ある人は若々しく見えるもので
す。私も常に若々しく有りたいと願っています。


                                以上


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