第二十六話 「好奇心と冒険心 2005.02.12 浪速の龍

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 人との付き合いが多くなってくると、自分の好みの人物像が見えてくる。何か偏っているような気も
するが、今更自分の好みを変えられないと納得してしまう。その様な人物を検証してみると何かしら目
標を持って突き進んでいる様に感じる。常に動きがあり、躍動感が感じられる。その様な人を見たり、
話を聞いたりしていると自分も元気になる。そんな人に共通している事は、子供がそのまま大人になっ
たような感覚で行動している。嘘だろう!なんて思う様な言動もしばしば見受けられる。あれもしたい
此もしたいと色々な事を語る。それも淀みなく、次から次へと出てくる。自分に酔いしれているのか、
と疑問に思う事もあるが、聞いていて飽きが来ない。聞く者にもその夢が伝わってくるような気がす
る。私は、そこに人間のエネルギーを感じ、共感を覚える。俺も同類人なのかな?と感じる訳である。
好奇心のない人間は、話が面白くない。世の中で成功していると言われている人種は、大半がこの様な
好奇心の固まりではないかと思える。当然、失敗した人も多く存在していると思うが、仕方のない事だ
ろう。その様な目で物事を見ていくと、また違った視野から物事が見えてくる。

 今、日本の大企業が苦しんでいる。NEC、松下等の大企業の大半が苦しんでいる。何故だろう、
と、考えた時「好奇心と冒険心」の欠落もその一因ではないかと思えてくる。私は、有る大企業に在籍
していた時の話であるが、大企業は、技術・人事・現場・研究・営業とあらゆる部門が細分化されてい
る。そこには各々の権利主義があって、全社的な見解からかけ離れた思考がまかり通る部署独立になっ
ている。また、ご都合主義で自分の部署が良ければ関係ないとの個人主義が蔓延している。極端な言い
方かも知れないが、遠からずである。

 好奇心と冒険心を持った、営業、技術者、研究者等で力があれば成立していくが、大半の人材は、潰
されている現実がある。良い商品、良い開発は、何百回もの失敗の上に成り立っているからである。し
かし、失敗は汚点である。好奇心も冒険心もない、知識(常識)人は、粗を探す天才である。良く見つ
けたと褒めそやされる。自分では、何も考えない。行動もアイデアも出さない。人のアイデアに、行動
に文句を言うだけである。挙げ句の果てには、損金が出なくて良かったと、この様な恐ろしい事がまか
り通っている現状がある。確かに失敗には損金は付きものであるが、しかし、成功の暁には、その何倍
もの利益が見込める。そしてその事が、次世代へ生き延びていく企業の活性化に繋がっていく物だと思
う。

 何時の時代でも新しい物事は、若者世代から芽生えてくる。年寄りは何かと文句を言うが、理解でき
ないだけでは無かろうか。IT時代になってきて「楽天」とか「ライブドア」とか得体の知れない企業
が誕生してきており、有る時、突然世の中に出てくる。あの会社は、何だとなる訳である。
 ソフトバンクの孫正義もインターネットを日本に広めようと東西再走した時代があったが、その当初
は誰も理解できなくて、ただ若造が何を言っていやがるんだと!しかし、ホークスを回収し携帯事業に
まで手を伸ばす企業に育ってきた。今では、誰も文句を言え無くなってしまった。国民も彼のおかげで
安い料金でインターネットを楽しむ事が出来るようになってきた。

 私自身、常に変な事ばかり考えている。振り返ってみると箸にも棒にも掛からない事を考えている様
である。でも、何も考えない奴よりマシだと思っている。
 諺の中に「何もしないで取り澄ましている人間より、何かをして恥をかく人間の方がどれだけマシか
解らない、人は人に笑われながら成長していく。」
失敗を恐れないで、ガンガン行きたいものである。

                                                 以上


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