第四十五話 「病気になって」 2007.1.10 浪速の龍

[戻る]


 新年早々変な話であるが、病気について話して見たい。
 先日、心筋梗塞で倒れた時の話を少々書いて見る。結果的に助かったが、処置が30〜60分遅
かったら危なかったと、医者の話。当の本人はその実感がない。
 「死」の境界をさまようと、妙な体験をすると言われる。私の友人もその一人である。その友人は、
23歳の時、自動車事故で意識が無くなり、死の境目を彷徨っていた。元気になってからの話である。
「"何ともいえない美しい花畑があり、自分がその中を歩いている。道行く先には大きな川があり、橋
がある。先方には美しい女性が手招きしている。早くいらっしゃい。私と一緒にもっと美しい処へ行き
ましょう。その時、後ろから姿無き声が聞こえてくる。お袋の様な、女房の様な、子供の様な声であ
る。何だろうと振り返り、戻ろうとした、その時気が付いた"」この様な話である。しかし、その友人
も「心筋梗塞」のため、49歳の若さで他界している。
 
私の場合。夜中の1時頃(am1:00)急に溝内(心臓)の辺りが苦しくなり、脂汗が吹き出してき
た。"やばい"との判断から救急車を呼んでもらった。5分後、救急車と共に救急隊員が駆けつけ、当
方の娘と処置について打合せを始めた。当の本人は、バッタリ倒れている状態。目を瞑って、意識だけ
はハッキリしている。その時、妙な体験をした。その体験とは・・?(意識も感情もしっかりしている
のに・・!)自分が布団の横で倒れている姿が、脳の中(第三者的に)でハッキリ確認出来る。娘が緊
急隊員に説明している姿。血圧を計ったり、緊急病院を手配している隊員の姿が、横になって目を閉じ
て居るにもかかわらずハッキリ認識出来る状態。一種の有体離脱の状態だと思う。そして体調は、最悪
なのに「気分の良い状態」で寝ている。このまま続けば、俺は死ぬのかな〜、なんて思っていた。人間
の死なんて簡単じゃないか。今死んだらどうなるのだろう。誰か困る人がいるのかな〜〜。なんて事を
考えながら、倒れていた様な気がする。何か思い残した事はあるのなか・・?なんて考えながら、横に
なっている自分がいる。
 
 奇妙な体験と言えば奇妙ではあるが、当人の意識は、至ってハッキリしていた。
 人間の生死なんて、こんなたわいもない事で決まるのかと考えると、何をあくせく働くのかと言う気
分にもなってくる。人生一度きりなのに〜〜〜。もっと大切なものがあるような無いような、そんな事
が、しばし頭の中を過ぎっていく気がした。
 こう考えてくると、人の生き様もよく見えてくる。得したとかと損をしたとかは、長い人生では、あ
まり関係ない出来事なのかも知れない。人間、人生には、もっと大切な事が沢山ある様な気がする。
今度の安部総理大臣が「美しい日本」を作ると宣言しているが、抽象的ではあるが、品の良い、徳の
ある言葉だと思う。しかし、この事を受け入れられる国民が、日本には何割いるだろうか・・?疑問で
ある。先人が言っているように、「清く正しく美しく」が一番良いのだろう。それも自分が出来る範囲
と言う条件の中で可能だと思う。結局はストレスの問題に発展していくと思う。死に際になって、スト
レスを貯めるような生き様は、良いとは思えない。
こう考えてくると、自殺という言動は色々なストレスを貯めて、死んでいく訳であるから死んでも、
成仏出来ないのではないかと思えてくる。私は、"ストレス"も"未練"も"財産"も"名誉"も"お
金"も、何も残さず、死んでいきたい。考える事のない様に亡くなれば、一番良いのではないかと思
う。日本では、年間3万人以上の人達が、自殺で死んでいると聞く。色々な理由があると思うが、もっ
たいない話である。生まれてくる事自体が奇跡なのに、その命をいとも簡単に断ち切ってしまう。色々
な角度で人生を見つめ直す良い機会になったような気がする。


                                            以上



[戻る]