第五十話 「生きる事」 2007.6.11 浪速の龍

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 人間長く生きていると、色んな事を経験してくる。その都度、人生観が変わって来る様に思う。
何で生きているの・?仕事って何なの・?何の為に働くの・?等の疑問が、浮かんでは、消えていく。
あれも欲しい、これも欲しい・・?と際限もなく欲求が募る。誰もが幸せを求めて生きているわけで、
それ以上も、それ以下も無い。年収500万円の人は、年収1000万円になったら幸せになれると思
う。実際に幸せは長続きしない。生活習慣が即1000万円に慣れてしまう。異なった欲求が芽生えて
いく。きりがないのが、人間の欲求だからしょうがないと言えば、しょうがない。
 私が思うに人の幸せは、人から与えられる事で成り立っているはず。その事を理解する必要がある。
自分に子供が生まれた。子供が何かに入賞した。近所の子が甲子園へ、国体へ。母校の卒業生がノー
ベル賞を。本当に身近な出来事の積み重ねが幸せの要因である。

よく不幸を嘆く人がいる。何で自分だけこんな目に遭うのか。格好いい事を言っても、幸せは一部の
人間にしかこない。なんて思っている人がいたら、その人は、生まれた時から、不幸だろう。
毎回、同じような話になるが、子は親の姿を見ている。何も言わずジィ〜〜と見ている。そしてその事
が全て正しいが如く親真似をして生きていく。
 自分はこう生きたい。と、生きる目標を持った人間は強い。こんな人間がどれほどいるだろうか・?
目標は、先生、先輩、友人、マスコミ等から生じるが、その様なチャンスが自分で見つけているだろう
か。

 最近、生きる事の難しさをヒシヒシと感じている。もう良いんじゃないかと考えてしまう。この世に
未練は無い。しかし、自分は未練が無くとも、周りに未練がある。自分の一存で死を選ぶ事は出来な
い。しょうがないから生きる事になる。もったいない人生になると思う。ここで、考えて欲しい事は、
どうせ生きるなら〜〜〜まじめに生きろよ!目標を持って生きろよ!となる。

 読書のすすめ。昔から言っているが、本の中には色々な人物の人生が凝縮されている。見本になる様
な人生観を持った人物に会えるかも知れない。私も人の事は言えた義理ではないが、もっと早く目標を
持って人生を歩んでいれば、もっと変わった人生が送れた様な気がする。でも、神様は、前向きな人間
が好きだから、決して物事を諦めない、最後までやり抜く強い意志が必要だと思う。


                                            以上



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