第五十五話 「故郷」 2008.2.1 浪速の龍

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 "故郷は遠きにありて思うもの"こんな詩がある。実際に帰ってみると思い描いている故郷とは異な
るものである。自分が生まれ育った時代の故郷はもうそこには無い。進化しているのか、過疎化してい
るのか解らないが、イメージが違っている。子供時代の目線からか、それとも自分が育った時代の人間
関係が原因なのかは解らない。

 兄弟、姉妹は多い。両親は亡くなっている。当然、誰も跡を継いでいないため実家もない。故郷を離
れた者には言う資格はないが、どこに心の安らぎ、我が故郷を思えばいいのだろう。心の支えは誰しも
故郷にある。しかし、故郷を捨てざるを得ない人々は沢山存在する。都会に住んでいる人達の8割は田
舎を持っている。

 子供の頃、日常生活の中で常に「山と川」が身近にあった。山は"日高山脈"であり、川は"札内
川"であった。裏の川(ヌップク川)で良く釣りをしたものである。ウグイ、ヤマメ、ニジマス、カジ
カ(どんかち)である。餌はミミズ、イタドリ、石虫、蛾等であった。子供の頃の話であるから、遠く
へは釣りに行けない。今思えば、イワナ、ヤマメが生息していているポイントまでは行けなかった。今
なら簡単に自動車で行けるのに、今思うと非常に残念である。その時代の友達D君とは良きライバルで
あった。仲間としては、Y君も居た。彼は徹底していたし、こだわりが強かったな〜〜〜!小学校、中
学校いつの時代でも山と川があった。川は身近な存在で、日高山脈は、常に自分の回りにつきまとって
いる存在だった。北海道には、大雪山が中央にそびえ立っている。が、私には存在の薄い山であった。

 心の強さって何だろうか?人間の心には、何かしらのよりどころが有るはずである。両親が生きてい
れば、両親だろう。兄弟がいれば、兄弟・姉妹かも知れない。親族を大切にする。何々家は、この様な
信念の元、伝統の元生きている。大地に根を張って生きる事が、どれほど重要か最近解りかけてきたよ
うに思う。何代も続く家系の重みには、計り知れない重みがある。先ほど書いた中に、北海道地区の話
が出てきたが、北海道は、他の地区(本州、四国、九州)と比べると極端に歴史がない。開拓民の集合
体が先祖である。北海道内では許される事が、他地区では許されない。地区々によってその約束事、伝
統的な物の考え方が異なる。開拓民の歴史もその様な各地区の伝統文化を持ち込んだ上に成り立ってい
った事と思う。しかし、生きていく為には、各地区の伝統文化を犠牲にしていかなければならない理由
が有ったのだろうと想像出来る。北海道の寒さは中途半端ではない。最近こそ地球温暖化と言われてい
るが、当時はお互いが協力していかなければ"死"へ直行である。生きる為には妥協も必要であったろ
う。ある面では、勝手な行動をする民族かも知れない。欧州と米国の関係と似ている。米国は日本の京
都、奈良等々の歴史的文化にあこがれ、敬意表すると言われている。歴史の重みとは、その様な物だろ
う。(自分も良く理解出来ていない)

 生きる事は辛い事である。どんなに年を重ねても辛い事は、沢山ある。回避出来るのは、自分であ
り、自分の心の持ち方である事は重々承知しているが、負けそうになる事も多々ある。負けた奴が"死
を"選ぶのだと思っている。負けたくない。常にくそたれーと思う事である。(心の中で)ストレスを
貯めない生き方って有るのだろうか。勝手気ままに生きている奴でもストレスは有るだろう。ホームレ
スになっても有るだろう。結局は強くなる事以外にない。自分の味方を増やす事だと思う。考え方の同
じ者のそばにいると安らぎさえ覚えるのは何故だろう。歴史の重み、伝統の重みも多大にあると思うけ
れど・・?要するに心に不安を抱かない事がストレス解消方法である。

                                            以上



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