第五十六話 「判断基準」 2008.3.3 浪速の龍

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 あの時こうしたら良かった。この時こうしたら良かった。"デバ、タラ"の世界である。過去に戻っ
てやり直す事は出来ない。あっちの道へ行くか、こっちの道へ行くか・・・?人生は常に自己責任の中
で生きている。そして多くの人達が人生に不満を持って生きている。(本意でないと言う意味)
 最近、平々凡々と好きな事をして生きる事が幸せなんだな〜〜と感じる事がある。趣味が仕事になっ
たら辛い事も多いようである。趣味だから楽しいのであって、本業では辛い。
釣りが好きで漁師になった人がいた。しかし、安定して魚が捕れない。生活は苦しく、子供達の教育
にも多くの資金がかかる。まだ、農業の方がましかも知れない。芸能界もプロスポーツの世界でも、
一見華やかに見える世界でも、生きる事は大変である。生きる事を今更止められない。月日が流れる
に従い、現状からの離脱は益々困難になる。
 年を重ねると、この事がよく解る。何よりも大切なもの、欲しいもの「若さ」である。どんなに間違
いのない人生を送っても、満足な人生だとは思わないであろう。人間とは、そうゆうものかも知れな
い。成功者の談・・?何て言うものもあるが、当人は満足だったかどうか解らない。子供の為に私は生
きた。子供にしてみれば、ありがた迷惑かも知れない。親がいなくても子は育つ。

 年金を貰うような年になると、大変苦しい。生きていくのが精一杯という人達が大勢存在する。仕事
は当然ない。曜日も解らなくなる。もっと悲しい事は遊び友達がいなくなる事である。生き甲斐も薄れ
ていく、生きる気力もなくなってくる。そうなると一気に老いていく。また、借金が有る事である。老
後は、地域社会の中で好きな趣味に没頭出来て、有る程度の小銭があって、年に一度程度海外旅行が出
来て、温泉旅行が出来る事が最高かも知れない。年老いてから考えるのではなく。4〜50代に考える
べきだと思う。

 この様に考えてくるとタイトルにある「判断」とは、どう言う意味があるのだろう。
今の世の中、格差社会と言われている。力のある奴は、それなりに良い賃金を貰っている。年収200
万円前後の人達が1000万人以上存在していると言われている。人は幸せになる為に働くのであっ
て、食の為だけに働くのであれば、悲しい事だと思う。
 自分にあった生き方。一番の幸せはその事に自分自身が、気が付く事である。往々にして自分を過大
評価してしまう為、失敗が起こってしまう。その事の「適正な判断」である。あの時、この時の判断で
はないと思う。人には持って生まれた「才」があるはずである。その才、すなわち「分相応」である。
その事に気が付けば、適正な生き方の判断が可能なのかも知れない。人は、環境によっても、生まれに
よっても、当人の努力によっても変化して行くものである。その時々の生き様の判断、難しいと思うけ
れど可能な限り最高の判断を考えていきたいものである。

 人生には、大きなチャンスが誰にでも3度来ると言われている。しかし、そのチャンスが見える人
と、見えない人がいる。「明るく、楽しく、前向きに」生きている人には、このビックチャンスをもの
に出来る可能性が高い様に思う。
                                           
                                         以上



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