第六十六話 「上目線、下目線」 2009.7.7 浪速の龍

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 世の中には、与える者と与えられる者が存在している。与える者の対応は、往々にして「上目線」で
対応してくる。与えられる者は「下目線」で対応している。特に商売上では、この傾向が強いように思
う。大企業の下請けをしている業者間の取引を見ていると特にその傾向が強い様に思う。

 人間社会を上記の様な目線で考えてみると実に面白いと思う。この様な事は一つの差別でだと思う
が、各社、各人が好んで対応している訳であるから、何の問題もないのだろう。本心は、あんな奴に頭
をさげたく無いと思っても、商売に影響するから下げざるを得ない。

学生時代は、平等の社会だと言うけれど本当だろうか。金の持っている奴、女にもてる奴、人から好
かれる奴、運動能力がある奴、頭の良い奴等々色々な人種が存在している。そんな奴と比較して自分は
何があるのだろうと考えた時、何となく下目線になっていないだろうか。
要は、自分の心の持ち方一つだろう。自分の人生に自信がある者は、堂々と生きて行けば良く、自信
のない者はそれなりに生きていけばいいのである。心しなければいけないのは、上目線側の人間だろ
う。人間には「徳」と言う言葉があり、その徳は一長一短でつくられるものではない。先祖代々受け継
がれてくるものである。品の良い家庭に生まれてくれば、自然とその様な徳のある振る舞いになるだろ
う。しかし、その様になりたいと思う心が大切である。であるから、自分が上目線になっていると感じ
た時は、素直に同等目線になる努力をすべきであると思う。

体育会系では先輩後輩の規律が厳しい。どこの学校でもサークルでも同じ様な物である。就職担当者
にしてみれば、体育会系卒業の学生は、礼儀正しくて良いとの評判がある。一般に体育会系では、相当
無茶をする事が多く、一概に良いとは言えないけれど、先輩に対する挨拶は出来るようになるので、そ
の点で有利と言えるのかも知れない。

何れにしても、常に同等の立場で信念をもって生きていくべきではないかと思う。過去の栄光にすが
ったり、何かの名誉ある人物に選ばれても、素直さ謙虚さを失わないで、誰からも好かれる人物になっ
て欲しい物である。過去の話をされても、現実しか直視できないわけであるから、聞く者にとっては、
聞き苦しさしか残らない。その人の評価まで下がってしまう。

過大な欲を持つと、騙される(詐欺に遭う)確率が高くなる。色々な欲があるけれど、自分自身の目
で見て、耳で聞いて、文章で確認して、自分の脳みそで判断して行動に移す事が大切だと思う。特に新
興宗教、金儲けのたぐいは十分気を引き締めて欲しい。楽して金儲けもダイエットも無理である。無理
な事はしない事である。「商売は、他社の半歩先のビジネスが一番良い」努力は必要である。努力のな
いところに進歩も前進もない。自分にあった努力、一歩一歩地を踏んでの努力、継続はすべきである。


                                         以上



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