第七十一話 「食」 2010.2.15 浪速の龍

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 19歳の頃、田舎から東京へ出てきた。大学へ行こうと友人と勉学に励む日々が続いた。
当然生きていくためには、住むところと食事が必要になる。また、大学受験にはお金もかかるため、
色々なアルバイトをしながら生計を考えていた。結果的に一年近くで夢は破れたが、思い出だけは残っ
た。その当時の記憶を辿ってみたいと思う。

 アルバイト:第一電化で店員のバイト。帝国劇場でウエイター。弁当屋で配達要員。印刷工場の配達
業務。サウナの清掃作業員。と色々なアルバイト。昭和49〜51年にかけての話。その中で2〜3ヶ
月何もしないで、コーラのビン拾いで生計(目標:500円/50本)を立てていた時代も含む。2ヶ
月ほど必死になって勉強した記憶がある。土曜日にもなれば、新宿へ行って深夜劇場で映画を見て、始
発で帰ってきて寝るだけ。一日二日は寝ないで遊んでいられた青春時代。何にもない若さだけが取り柄
の時代だった。

 夢破れ何もかも失った時。
何というか、ひょんなきっかけから騙される事となり、住んでいたところも、何もかも取っ払い、親
戚の家に転がり込む。最後にポケット残っていたお金は20円。電車賃も無い状態。たまたま東京に同
級生で大学へ通っている者がおり、7つ程の駅をトボトボ歩いて行った。2〜3日何も食べていない状
況で、金を借りて今後どうするか考えた。夢をあきらめまともに就職しようとの考えになったわけであ
るが、そこで考えたのが「食」である。

 人間、何だかんだと言っても食がなければ、生きていけない。食事を与えてくれる者は、本当に有難
い事であり、人間としての愛情を感じられる。その時は一杯のカップ麺だったが、あれほど美味しく、
満たされた気分は無かった。腹が膨れると元気も蘇ってくる。明日への英知も沸いてくるから不思議で
ある。食の大切さは、この様な経験がないと解らないであろが、一杯の食事で人間は救われる。人の愛
情も感じられる。物が欲しいという。物は生命に関係なく欲を満たす道具である。食事は生命を維持し
人間としての活力を生む物である。だから、一粒のお米も無駄にしてはいけないのだ。

 世界の1/3以上の人達が食事も出来ず、飢えに苦しんでいる。毎日が食事を求めるだけの生活。生
きるために食事を求める。反面、アメリカ一国でそれ以上の「食の残飯」がある。その分を前者の国々
に持って行けば、食料難は解消出来る。日本でも格差社会は広がっている。食事にありつけない人達が
多く存在している事も事実である。明日は、我が身だと思い頑張るしかない。

 居候の辛さ
 人の世話になる事は、辛い物である。気を遣いすぎて、本当に居こごちが悪い。世話をする方も、大
変である。食事の世話から洗濯物、寝るところ、タダでさえ重労働なのに、好きこのんで他人の面倒を
見る奇特な人は、年々少なくなってきている。自分たちに余裕があれば別だけど、今の世の中余裕なん
てほんの一握りの人達だけだろう。

良い経験だったと思うが、二度としたくない経験である。苦労しない事は良い事であるが、人の痛み
も、悲しみも、嬉しさ楽しさも実感出来ないのではないだろうか、TVでこの様な背景を映し出しても
、信用出来ず、実感も湧かないだろう。どちらが良いか分からないが、経験しないよりした方が良い
のだろう。自分の人生、色々な事にチャレンジする事が、結果よりも経験が大切な事だと分かるだろ
う。一杯の食事から「愛」を感じ取って欲しい。

                                         以上


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